最高裁判所第三小法廷 昭和57年(オ)249号 判決 1982年9月07日
上告人
岡芹新次
右訴訟代理人
西村常治
被上告人
株式会社
宮下商店
右代表者
宮下昭治
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人西村常治の上告理由第一点ないし第四点について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
同第五点について
所論の昭和五六年六月一〇日の口頭弁論期日は、原審における第四回口頭弁論期日であるから、その変更は「顕著ナル事由」の存する場合に限り許されるところ(民訴法一五二条五項)、上告代理人が同年六月八日付で原審に提出した口頭弁論期日変更申請書の記載は、「本日当職が訴訟委任を受けたが、弁論ないし立証準備のため右期日を変更されたい。」というものであつて、本件における審理の経過を併せ考えれば未だ「顕著ナル事由」が存するものとはいえないから、原審が所論の口頭弁論期日の変更申請を却下して弁論を終結したことに違法はない。右違法のあることを前提とする所論違憲の主張は、失当である。論旨は、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(横井大三 伊藤正己 寺田治郎 木戸口久治)
上告代理人西村常治の上告理由
第一点〜第四点<省略>
第五点 原審訴訟手続には、憲法の解釈を誤つた法令違背がある(一般的上告理由の三、民事訴訟法第三九四条)。
原審裁判所が「口頭弁論期日変更申請却下」の決定をし、直ちに弁論終結の措置に出でたことは、明らかに憲法に違背している。
一、本件の期日変更申請却下の決定は憲法第一一条に違反するものである。
1 憲法第一一条は国民の基本的人権を保障する。然るに本件の決定は、特別抗告人の享有する国民としての基本的人権に対する明白なる侵害である。
2 原審における弁論期日の推移を考察するに、弁論期日として一旦指定された昭和五六年一月一九日は、被控訴代理人宮下勇による期日変更申請に基づき同月二八日に変更されている。
3 次いで第一回口頭弁論期日である昭和五六年一月二八日は控訴人の申立によつて延期されている。延期申立の理由は頭部外傷後遺症(外傷性髄液鼻漏、外傷性てんかん)なる控訴人の肉体的健康上の事由によるものである。
4 第二回口頭弁論は同年三月一六日に行われ、訴訟弁論の進展があつたが、その際控訴人は裁判所より「代理人を選任すべき」旨の勧告を受けたものである。
5 第三回口頭弁論期日は同年四月一五日と定められていたが再び延期されている。控訴人不出頭によるものであるが、その実情は次の如きものの由である。
当日控訴人は出頭の所存であつたが、その朝病状が急変(激しい頭痛)して出廷できなくなつたため、欠席の事前連絡はできなかつたが控訴人は急遽代理人として長男岡芹和美及び補助参加人辻勇蔵の両名を出廷せしめたものである。
6 昭和五六年六月一〇日の第四回口頭弁論において裁判長は控訴人の期日変更申請を却下し、弁論を終結して判決言渡期日を八月五日と定めたことが調書上認められる。
ところで控訴人岡芹新次作成の訴訟委任状及び控訴代理人西村常治作成の口頭弁論期日延期申請書の記述からも明かな如く、控訴人が弁護士西村常治を訴訟代理人として選任したのは同年六月八日のことである。
さて受任者としては六月八日の受任なるところ、既に指定された期日の同月一〇日は午前午後とも既に別途用務が存して出廷はできず、況して受任二日後では記録の謄写及び関係者との打合わせも至難であり、従つて準備書面の作成を含めた弁論ないし立証準備のためにも右の期日には、時間的物理的に不可能と判断し右期日の延期方を申請したのであるが、右の申請措置は事情まことに巳むを得ないものと看るべきである。
7 右の経過にかんがみれば、裁判所が第四回期日において控訴人側の事情に対する調査を実施することもなく、直ちに期日変更申請を却下したことは、憲法第一一条に定める国民の基本的人権の侵害であることは明確である。
二、本件の期日変更申請却下の決定は憲法第一四条に違反するものである。
憲法第一四条は「すべて国民は法の下に平等であつて人種、信条、性格、社会的身分又は門地により差別されない」旨を定めているが、本件の決定は法の下の平等の基本的思想ないしその取扱いに著しく違反している。その事由は前記一の2ないし6に記述したところと同一であるが、裁判所としては仮りに本人訴訟の形態下における控訴人の訴訟能力及び代理人選任に関する時期遅滞に問題があつたとしても、法の下に裁決すべきものであつて寸刻を惜しむの結果控訴人の利益主張の場を失わせることは違法である。
三、本件の期日変更申請却下の決定は憲法第二九条に違反するものである。
憲法第二九条は「財産権はこれを侵してはならない」と定めているが、本件の決定は結局は控訴人の(財産権の被控訴人による)侵害を容認するのと同一の結果を生ぜしめ、かつその間に法律上因果関係の存在を認め得るものと信ずる。
即ち本件の決定によつて控訴人は同審において自己の利益主張の場を失い、強いては自己の財産権を侵害から自己防衛し、又はその侵害を追求するの方法と基盤のすべてを喪失するに至るからである。
四、本件の期日変更申請却下の決定は憲法第三二条に違反するものである。
憲法第三二条は「何人も裁判所において裁判を受ける権利を奪われない」と定めている。本件の決定は控訴人に対して実質的な裁判を受ける権利を事実上奪うものにほかならない。すなわち控訴人としては控訴の趣意と目的に照らしそれぞれの点で十分意をつくした、主張と立証を前提とした裁判を受けるのでなければ訴訟を継続し或いは控訴を提起した意義は存しない。
五、本件の期日変更申請却下の決定は憲法第七六条三項に違反するものである。
この条項によれば「すべて裁判官はその良心に従ひ独立してその職権を行ひこの憲法及び法律にのみ拘束される」と規定されているのである。もし高等裁判所の裁判長ら三名の裁判官がこの憲法の趣旨に従い、本件における実質的最終判断をするためには必らず弁論を続行し、控訴人をしてかつ新たに選任した訴訟代理人を通じて充分にその主張を陳述せしめ、所要の立証を完遂させてのちに判断をせねばならない。これを敢てなさず、本件の決定に及んだことは少くとも良心に従つて判断していないこと換言すれば明確にこの規定に従つていなかつたものと解するのが相当である。
叙上の如き各理由に基き、「原判決は相当である」として「本件控訴を棄却する」旨を云渡した原判決は、いずれの点から見ても到底破棄を免れるものではない。